新潟地方裁判所 昭和42年(ワ)99号 判決 1969年10月29日
原告 山田寿朗
被告 山田信雄
右訴訟代理人弁護士 岩野正
主文
一、原告の請求を棄却する。
一、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告は、「被告は原告に対し別紙目録記載(1)の土地上に存する同(2)の建物のうち別紙図面赤斜線部分を収去して右土地のうち赤斜線部分を明渡せ。」との判決を求め、次のとおり述べた。
(一) 別紙目録記載(1)の土地(以下本件土地という)は原・被告の父である山田和夫の所有であったところ、原告は昭和四〇年三月一五日和夫より本件土地の贈与を受けて所有権を取得しその旨の登記を有するものであるが、被告は、昭和四一年一月三〇日本件土地上に存する被告所有の別紙目録記載(2)の建物(以下本件建物という)に別紙図面赤斜線部分約一二坪(三九・七四平方メートル)の増築(以下単に増築部分という)をなした。
よって原告は被告に対し右増築部分を収去して本件土地のうちその敷地にあたる赤斜線部分を明渡すよう求める。
≪以下事実省略≫
理由
一、請求原因事実は、和夫が本件土地を原告に贈与したかどうかの点を除き、その余はすべて当事者間に争いがない。
そして右贈与の点については、≪証拠省略≫を綜合すれば、次のとおり認めることができる。即ち、
和夫はもと農業のかたわら瓦葺き職人をしていたもので、昭和二九年頃迄はその妻良子(昭和三二年死亡)および被告夫婦ならびに四男の親雄、五男の格らと同居し、被告夫婦は主として農業を担当し被告が長男であるところからいわゆる山田家の跡取りとしてゆくゆくは和夫の財産を承継するものと親族一同から諒解されていた(原告は三男で当時既にいわゆる分家をし独立していた)。
本件建物は昭和二三年頃農舎として建築されたものであるが、山田家では昭和二五、六年頃からセメント瓦の製造業もするようになり、本件建物を工場に改造して被告と親雄が協力し瓦の製造をしていたところ、昭和二九年に親雄が分家をして独立し、また和夫もその頃から愛人関係にあった村松町駅前にて菓子屋を営む大島ヤス子方にて同女と同棲し、妻の良子および被告夫婦とは別居するようになったため、爾来被告は単独で和夫所有の田畑で農業を営み、また本件建物で瓦製造をしながら良子を養い、和夫に対しても米の仕送りをしていたが、昭和三五年に和夫と被告が相談の上で田を売却してからは米の仕送りもしなくなった。
その後昭和三九年頃に至り、和夫はヤス子との生活費に窮して被告に対し和夫の所有地を無償で使っているのだから地代の趣旨を含め毎月一万円の扶養料を支払うよう要求したところ、被告は和夫がヤス子の家を出て自分の家に戻ってくるならいくらでも面倒はみるが扶養料は出せないといって和夫の要求を拒否したため、両者間に争いが生じ原告の斡旋仲裁によっても解決に至らず、遂に和夫は被告を相手として新潟家庭裁判所に扶養料請求の申立(昭和三九年(家イ)第一三九号)をなし、同年一一月一三日にようやく被告が月額二、〇〇〇円、利害関係人として参加した原告および格がそれぞれ月額一、五〇〇円の扶養料を和夫に支払うことで調停が成立した。
然し右調停の際、和夫は被告に対し扶養料を出すのが嫌なら無償使用している本件土地を坪当り五、〇〇〇円、総額一時払いで買取るよう要求し、被告が買取らねば他に売却処分するといい、また調停委員会からもこの際被告が本件土地を月々の扶養料支払いに相当する月賦で買取ったらどうかという提案もなされたのであるが、被告は本件土地は自分が貰ったものだとか或いは使用権を有するから買取る必要はない、和夫がこれを他に売却するなら勝手にしたらよいなどという態度をとったため、かえって和夫の反感を買い、和夫はその後本件土地を知人の原吉郎或いは金貸しの天木憲男に売却しようとした。
原告は前記調停の経過を通じ、被告が長男であるという一事から永年にわたって和夫所有地を無償使用し、そのくせ僅かの扶養料しか出さず、また本件土地の買取りにも応じようとしないことに不満を感じていたが、調停成立後も和夫と被告の仲が悪く、和夫が本件土地を他に売却しようとしていることに驚き、和夫に対し金が欲しいなら自分が出す、また後々の面倒もみるから本件土地は自分に譲って欲しい旨申入れたところ、和夫も原告が今後の生活の面倒をみてくれるならということでこれに応じ昭和四〇年三月一五日に本件土地を原告に贈与するに至った。
以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。
なお被告は本件土地は被告が和夫より終戦直後に贈与を受けたと主張しているが、そのように認めるに足りる証拠はない。
二、よって以下被告の抗弁について判断する。
(一) 通謀虚偽表示について
和夫が本件土地を原告に贈与した経過は前認定のとおりであり、右贈与をもって通謀虚偽表示と断定するに足りる事実は本件全証拠によっても認めることはできない。
(二) 使用貸借契約について
被告が昭和二九年以来単独で本件土地を瓦製造用地として無償使用していることは前認定のとおりである。然し被告の右無償使用をもって被告主張のような使用貸借契約上の占有権限に基くものと認めるに足りる証拠はない。
即ち先ず和夫と被告との関係についていうなら、前認定の事実よりすると、被告が和夫と同居して親雄と共に瓦製造にあたっていた昭和二九年迄の間における被告の本件土地使用は和夫の占有補助者としての立場に基くものであり、また同年中に和夫と親雄が被告と別居し被告が単独で瓦製造を営むようになってから後における被告の本件土地使用は和夫との父子関係の情諠に基く無償使用と解するのが相当であり、これを超えて両者間に法律上の使用貸借契約が明示的には勿論のこと黙示的にも成立したと認めるに足りる証拠は全くない。そして和夫の証言によると同人は前認定の如く被告と対立して被告に本件土地の無償使用を続けさせる気持を失い本件土地を他人に売却しようと迄したこと、および原告に本件土地を贈与するに当っても被告が現に本件土地を使用していることに格別の配慮を加えず本件土地所有権を無条件で原告に移転してしまったことが認められるから、和夫と被告間の情諠的な無償関係は右贈与によって消滅したというほかない。
次に原告との関係についていうなら、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和四〇年三月一五日に本件土地所有権を取得しながらその旨被告に通知せず、被告が本件増築をした直後の昭和四一年二月一八日迄被告の本件土地使用について異議を述べなかったけれども、それは原告が和夫より本件土地の贈与を受けた経過が前認定のとおりで、原告としては当時自から本件土地を使用収益するさし迫った必要があってこれを取得したわけでないから、被告が本件土地の現状を変更せずそのまま使用を続けているなら、原告としても自から使用収益あるいは処分をする必要が生ずる迄の間は、兄弟間で事を荒だてたくないという気持で、被告の本件土地使用を放置していたに過ぎないものと認められ、また原告が本訴において本件建物のうち被告のなした増築部分の収去とその敷地部分の明渡のみを求めその余の本件建物および土地部分について収去明渡を求めていないことは原告主張のとおりであるが、それは原告本人尋問の結果によると、本件建物は現在被告の所有となっているが、元はといえば和夫が建築したものであるから同人の生存中に、たとい被告に対してでも、従来から存した和夫建築部分の取毀収去を求めることは和夫との関係において忍び難いという気持によるものと認められ、以上のことからみると原告が被告に対し被告が本件土地についてその主張のような内容の使用貸借上の権利を有することを承認していたということはできないだろう。
(三) 権利濫用について
(1) 被告が昭和二九年以来和夫より父子間の情諠によって本件土地の無償使用を許されこれを瓦製造用地として利用し生活を維持してきたこと、原告が右の事情を知りながら和夫より本件土地の贈与を受けたこと、然し原告としても直ちに被告の土地使用を禁止する気持はなく自から本件土地を使用収益あるいは処分する必要が生ずるとき迄被告の土地使用をそのまま放置しておく積りであったこと、以上の事実は既に認定したところである。
(2) そして≪証拠省略≫によれば、被告は勿論原告を除くその余の兄弟達も和夫が被告の現に使用している本件土地を他人に譲渡し或いは原告に贈与するなどと本気で考えていたものではなく、被告としては原告より本件増築部分について収去請求がなされる迄、原告が本件土地の所有者となっていたことを知らずにいたこと、また≪証拠省略≫によれば、本件増築は従来より存した約二四坪の本件建物に附加されていた約四坪の下屋、物置の部分を取毀し、従来の建物に接続し約一二坪の増築を加えたもので、新旧両部分はいずれも木造セメント瓦葺平家建の構造で一棟の建物を構成し一体として瓦製造工場に利用され、本件土地の従来からの使用状況全体からみてこれにさしたる変更を加えたものではなく、従って被告としても安易に右増築を実施したものと認められる。
(3) ところで原告には現在本件土地を自から使用収益処分する必要ないし計画はなく従って右増築部分を除くその余の本件建物および土地部分について現在被告に対し収去明渡を求める意思のないことは原告本人尋問の結果によって明らかである。
してみると原告が右増築部分の建物および敷地部分について被告より収去明渡を得ても別紙図面に明らかな右土地部分の位置からみて右土地部分のみを本件土地のその余の部分から独立して使用収益処分することは事実上できないことといってよいだろう。然るに被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば被告は現在本件建物の増築部分に瓦製造機械等を設置して営業をしており、もし右増築部分の収去をしなければならないとすれば営業上相当の損失を蒙るものと認められる。
元来物権的請求権は所有権の内容を実現するために行使されるべきものであるから、本件のように建物収去土地明渡を得ても目的たる土地について使用収益処分することが事実上できないような形で物権的請求権を行使することは権利の濫用として許されないと解すべきであろう。
ところで原告はその本人尋問において右のように自から得るところ少なく然も被告に相当な損害を与えるような本件請求をした理由について、本件増築が原告に無断でなされたことおよび将来本件土地を処分するについて建物があると処分が困難であるということを挙げているが、然し前者については(2)に述べたような事情で、被告は原告が本件土地の贈与を受けたことを知らなかったからであり、また後者については本件建物の従来から存した部分と増築部分との面積構造利用状況は(2)に述べたとおりで右両部分を一括取毀すも別箇に取毀すもその間にさしたる差異はないのであるから、旧部分をそのまま存置しながら増築部分についてのみ将来の土地処分に備えて直ちに収去しておかねばならぬ必要は毫も認められない。
なお原告としては被告のなした増築をこのまま放置しては被告の本件土地使用についての既成事実が更に強まり被告の権利主張の口実にされかねないことを虞れ原告の所有権取得後に附加された増築部分のみの収去を請求するに至ったとも考えられるが、然しそれとて被告に本件土地を使用する権限がないことさえ明確にされればそれで足りることで現在直ちに右部分の収去まで求める理由とはなし難い。
以上(1)ないし(3)に説明したところを綜合して考慮すると原告の本件請求は権利の濫用として許されないというべきである。
四、以上述べたとおりで原告の本件請求は結局その理由がないことに帰するから失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井野場秀臣)
<以下省略>